風邪(感冒)のときに使う漢方薬として有名な葛根湯ですが、風邪(感冒)以外の症状で使うこともできます。もちろん、風邪で使うこともできます。でも、特徴を知ると便利な使い方を知ることが出来、漢方医学の面白さに気づくこともできると思います。
医師や看護師や薬剤師など医療関係者に葛根湯と言うと、「①番の漢方薬ね」と言われる方もいます。それだけメジャーな漢方薬であることがうかがえます。諸説あるみたいですが、漢方薬の研究が有名な葛根湯から始まったから①がついているというようです。
江戸時代から葛根湯はよく知られている漢方薬みたいです。古典落語に「葛根湯医者」があります。「腹が痛い」という患者に「それは腹痛という病である。葛根湯を出そう」。「頭が痛いのです」という患者には「それは頭痛だ。葛根湯を出そう」。付き添いの人にまで「さてそちらの方は?付き添いは、葛根湯を飲みなさい」という具合に、どんな病気でも葛根湯を出してしまうヤブ医者の話です。
江戸時代から現代に至るまで超メジャーである葛根湯の原典は、3世紀初頭に急性感染性疾患の治療マニュアルとして張仲景によって原型がつくられたとされる『傷寒論』と、同じく張仲景によって原型がつくられた急性感染性疾患以外(”雑病”と呼ばれています)の治療マニュアルである『金匱要略』なります。
『傷寒』とは、専門用語になり、急に発熱する病気全般の事を指します。具体的には、風邪症状、インフルエンザ、マラリア、腸チフスが該当し、現在流行っている新型コロナウイルスCOVID-19も該当します。なお、傷寒論が作成された当時は腸チフスが大流行し多くの方が命を落としたそうです。
漢方薬というと多くの方が、慢性病や高齢者や体力が無い方など元気な方が服用し、若者が服用するというイメージが少ないですが、葛根湯や傷寒論に登場する漢方薬については急性病(急性期)という”病気になりたて”の状態や進行が速い病気に対する処方が多いです。つまり、漢方薬は適切に選ぶ必要はありますが、病気のどの段階でも使用するという事になります。
傷寒論の大きな特徴は、病気の進行「三陰三陽」といわれる病気の進行状態を6ステージに分けていることです。そして、葛根湯は、初期のステージに該当する「太陽病」で使う漢方薬になります。
では、簡単に「三陰三陽」について説明をします。6ステージには、①太陽(たいよう)病、②陽明(ようめい)病、③少陽(しょうよう)病、④太陰(たいいん)病、⑤少陰(しょういん)病、⑥厥陰(けついん)があり、病が進行状況を表しています。
発病の初期で、寒気、発熱、頭痛、項強(後頭部が固くなっている)という症候の時期の病態。
気の流れを表し鍼灸治療でよく用いられる「足の太陽膀胱経(背部~後頭部・頭頂部)」という経脈に症状が現れます。具体的には、首筋のこり、後頭部痛、目の充血 など。
「太陽の病たる、浮脈、頭項強痛して悪寒す。」
発病後四~五日、ないし六~七日を経た時期の病態で、口の中が苦い状態、咽が乾燥、食欲不振、悪心などの症候を現わす。咳は深いところから出るようになり、みぞおち辺りに胸苦しさがおきる(胸脇苦満)。悪寒と熱感が交互に起こるようになる(往来寒熱)。
「少陽の病たる、口苦く、咽乾き、目眩くなり。」
発病後八~九日以上経過し、体温が高く、全身がくまなく熱感に満ち、腹部膨満、便秘などの症候を現わす時期の病態。
「陽明の病たる、胃家実是なり。」
陽明病期の後にくるもので、体力衰し、身体冷え、腹虚満(お腹が柔らかい状態や陥凹している状態)、腹痛、下痢、嘔吐などの胃腸症状を呈する。
「太陰の病たる、腹満して吐し、食下らず、自利益々甚だしく、時に自ら痛む。若しこれを下せば、必ず胸下結鞭す。」
ますます元気がなくなり、臥床してうつらうつらしている。脈は微細で、触れにくくなる。
「少陰の病たる、脈微細、ただ寝んと欲するなり。」
上気して顔色は一見赤みがかっているが、下半身は冷え、咽が乾き、胸が熱く、疼み、空腹だが飲食できない。多くはやがて死にいたる。非常に危険な状態に該当します。
「厥陰の病たる、気上がって心を撞き、心中疼熱し、飢えて食を欲せず。食すれば、則ち吐し、これを下せば利止まず。」
傷寒や傷寒に類似した疾病は、上記したように太陽病から順次進行していきますが、細菌やウイルスなどの勢いや病者の体力などにより、太陽病からいきなり陽明病、あるいは太陰病に移行することや、また同時に太陽病と少陽病、あるいは太陽病と陽明病が起こることもあります。
葛根湯は、「太陽病」で使う漢方薬ということで下記のような自覚症状の方が対象になります。
・風邪(感冒)などの初期症状一般:頭痛、発熱、悪寒があって、自然発汗がない状態。
・下痢:下痢を伴う発熱性疾患の初期や、風邪(感冒)の初期症状として下痢。
・肩こり、頸部痛、腰痛:脊柱に沿ったこわばりや疼痛。
・頭痛:緊張性頭痛や副鼻腔炎に伴うもの。
・その他:上気道炎だけでなく、乳腺炎、中耳炎、角結膜炎、扁桃腺炎、鼻炎、歯肉炎などの炎症性疾患、乳汁分泌不足、夜尿症、小児の鼻下や口周囲の出来物など
風邪以外にも応用できる範囲が広い漢方薬なります。
応用できそうな疾患としては、気管支喘息、扁桃炎、上気道炎、鼻炎、副鼻腔炎、アレルギー性鼻炎、中耳炎、神経痛、筋緊張性頭痛、顔面神経麻痺、肩こり症、五十肩(肩関節周囲炎)、リウマチ様関節炎、頸肩腕症候群、筋肉痛、関節痛、蕁麻疹、湿疹、皮膚炎、結膜炎、リンパ節炎 があります。
そして、効き目が出やすいタイプとしては、下記のようになります。
○体質体格:中等度~頑健な者
○お腹の状況:割と弾力があり、お腹の筋肉が少し張っている状態
○風邪(感冒)などの発熱に用いる際の目標症状
・寒気あるが、汗が出ていない
・頭痛とくに後頭痛
・項頸部~背部のこり
・咽喉痛を訴える場合が多い
○風邪(感冒)以外の非発熱性疾患に用いる際の目安
・首筋から背中の筋肉のこり
・首筋を中心にこりが強いもの
応用範囲が広く誰にでも使えそうな葛根湯ですが、麻黄という生薬が含有されています。麻黄には、炎症を抑えたり交感神経を興奮させる作用がありますが、下記のような方が服用すると副作用が出る可能性があるため注意が必要です。
・胃腸が弱い方で体力が無い方→食欲低下、胃痛、腹痛、便秘、下痢などが起きる可能性
・神経質な方→不眠、興奮、動悸、多汗
・前立腺肥大の傾向がある方→排尿障害、尿閉(膀胱から尿がほとんど排出できなくなる状態)
・心疾患のある方の場合、症状が悪化する場合がある
・重い腎臓病がある方の場合、腎血流量低下により増悪の可能性がある
*高齢者や体力が弱っている方、そして、心疾患や腎疾患を持っている方は要注意です。
葛根湯を簡単にみてきましたが、古典落語に「葛根湯医者」があるように頻用される漢方薬の代名詞的な存在だと思います。「葛根湯医者」では、ヤブ医者の例えば話でしたが、実際には応用範囲が非常に広い漢方薬なります。
全員が使えるわけではないですが、風邪以外にも、肩こり(特に首筋あたり)や、頭痛、さらには、炎症性疾患などのご病気を持っている方で使用してみると効果的かもしれません。